Loading

浮遊物との衝突回避は運しかない。白石康次郎インタビュー(2)

 バルクヘッドマガジン編集長による白石康次郎インタビュー第2回です。今回は白石さん自身がヴァンデ・グローブ2020-21大会全体を振り返り、未確認浮遊物との衝突、ジャン・ル・カムの救出劇などについて話してもらいました。第1回インタビューと合わせてお読みください。(BHM編集部)

単独無寄港無補給ヴァンデ・グローブで世界一周を果たした白石康次郎さん(53歳)。前回大会ではディスマストによりリタイア。2度目の挑戦でアジア人初の完走を果たしました。94日の航海後、体重は10キロ落ちていたそうです

◎船内はWi-Fi環境が整い、いつでも陸上と連絡が取れるようになっている

BHM編集長:今回のヴァンデ・グローブは、前回(2016-17年)の挑戦と大きく違っていました。最新のフォイル艇で挑んだのもそうだし、何よりプロフェッショナルを集めてチームが強化されました。がらりと変わった印象を受けましたが、前回と違っていた部分はどんなところでしょうか。
白石康次郎:セール、リギン、ハードウエア、コンピューターのプロが集まり、みんなチームでやっていたので、そのおかげはものすごくありましたね。今回のヴァンデでは船の中に(衛星通信を使った)Wi-Fiが飛んでいて、LINEを使って陸上チームとやり取りしていた。情報のレスポンスも早いし、例えばここが壊れたって写真を送ったり情報を送りやすくなった。画期的なことです。
編集長:1日中いつでも相談できるような?
白石:そう。できる状態です。今までもメールはあった。でも、メールよりもチャットの方が早い。陸のクルーと気軽に話せるようになった。ボリス・ヘルマン(独)なんか、ずっとやってたらしいよ(笑)。ファンが「がんばってください」とか言うでしょう。全員に返信してるらしい。好きなんだね。
編集長:そういう時代なんでしょうね。
白石:そういう時代なのよ。
編集長:見ている方は、前とは違うヴァンデ・グローブが見られて面白かったです。
白石:情報がいっぱい入ってきたんだよね。今まではメールでビデオを送るのは大変だったんだけど、今はiPhoneでビデオを送れる。
編集長:選手がスマホで撮ったものをそのまま送れちゃう?
白石:そういうこと。ヴァンデ専用のアプリがあってね、選手はそれを使ってiPhoneで送っていた。だから今まで以上に選手の「ああ、大変だ」とか「ああ、ツラい」だとかっていうつぶやきを、今回初めて拾い上げることができた。選手の心情があれだけ細かく出たのは、今回が初めてです。
編集長:白石さんはそういうのあまり得意じゃなさそうですけど。
白石:はい(笑)。

3月31日、都内でDMG MORI SAILING TEAMの完走報告記者会見がおこなわれ、白石さんの2024年ヴァンデ・グローブ挑戦、〈DMG Mori Global One〉を日本の海で走らせる計画、JAMSTEC (国立研究開発法人海洋研究開発機構)との協力で世界一周中に採集したサンプルの提供、若手スキッパー・エンジニアの育成プログラムなどが発表されました。写真は白石康次郎さんとDMG森精機株式会社 森 雅彦取締役社長

◎白石康次郎が振り返るヴァンデ・グローブ2020-21

編集長:今回のヴァンデ・グローブでは、最新艇の多くがトラブルを起こしてトラブルを抱えながら進みました。それとは別に旧フォイル艇、それ以前の船が大健闘して、そっちが本命だったんじゃないか、というくらいの戦いを見せました。この結果をどのように見ていますか?
白石:そうなんです。今回の戦いを振り返るとこうです。新艇が8艇出場しました。ぼくのチームは、自身の心臓手術があって、やっとできると思ったらコロナで、ロリアン(仏の活動拠点)でも整備がほとんどできなかった。船に1人、ヤードに1人、ということで。セーリングしてはいけない、という時期が結構長く続いた。あとは、ニューヨーク〜ヴァンデ(大西洋横断レース。ヴァンデ・グローブの前哨戦として計画されていた)がキャンセル。結局、新艇組は作ったもののヴァンデ〜アクテック(2020年7月に開催された3500マイルの外洋レース)の10日間のレースだけなんですよ。アレックス・トムソン(英・HUGO BOSS。ラダートラブルでリタイア)なんか、新艇作ってから一度もレースを走ってない。つまり今回のレースは『整備不足の新艇対完璧な整備の中古艇』の戦いだった。だから拮抗したんだよ。整備不足の新艇組が落ちて、古いけど完璧に仕上がった船が上がったから。ここでレースを争ったら新旧が混じったんだよね。
編集長:入り乱れましたね。見ている方は「古い船、がんばれ」みたいな気持ちもありました。
白石:ぼくらの船がビッグフォイルだったのも影響した。そのテストもなかなかできないまま、初めての南氷洋だったんです。フォイルを大きくしても上手く走らなかったね。波に突っ込んじゃって。
編集長:これから改良の余地があるという?
白石:思った以上に走らなかった。風も悪かったしね。ケープタウンまでものすごい時間がかかったから。前回の挑戦の方が全然早かった。
編集長:(ケープタウンまで)特に白石さんがいたグループが遅かったですね(笑)
白石:新艇のビッグフォイルだとサザンオーシャンが思うように走らなかった。決定的なのはテスト不足。レースもないし、コロナで練習もできない。大きく予定が狂って、結局、新艇組は上手く走らせられなかったんだね。中古艇はとにかく、僕はヤニック(優勝したヤニック・ベスタベン)の船にも乗っているから分かる。ロープの長さといい、仕上がっていた。だから、あの船が優勝するのもよくわかる。チームも素晴らしかった。
編集長:新型フォイル艇はこれからどうなっていくのでしょう? この後も船は進化していく?
白石:進化します。ハルの形がスコウヘッドっていってより大きくなるはず。バウのボリュームも大きくなると予想しています。噂では、一定の時期を過ぎた古い船の出場を認めないとかフォイルを短くするとか、そういう話もあるみたいです。

ケビン・エスコフィエ(左)と彼を救助したジャン・ル・カム

◎見えない浮遊物との衝突とジャン・ル・カムの救出劇

編集長:船そのもののトラブルもありましたが、今回も未確認浮遊物といわれる、レース艇がよく分からない物体との衝突がいくつもありました。あれは、もうどうしようもないものでしょうか?
白石:もう、どうしようもないです。今回僕らはマストヘッドにカメラを付けるオスカーっていう装備を使用したんです。前方にブイ等があるとピピピって反応するんだけれど。。。
編集長:センサーみたいな?
白石:そう。衝突感知装置のようなもの。アイサイト(スバルの高度運転支援システム)のヨット版。でも、あまりうまく反応しなかった。平水面で「向こうから船が来ている」時は作動するんだけれど、荒天時はいまひとつだったね。
編集長:危険な衝突は荒天時に起こりますからね。
白石:だからいろいろ工夫はしているんだけれど、浮遊物との衝突は予想できない。ぼくの船はラッキーでしたね。大きな物は当たっていない。この問題は今後も起こると思います。避けられない。
編集長:どういうものなんでしょう? (貨物船から落ちた)コンテナ?
白石:漁網だったりブイだったりもあるし、それはわからないんだけれど、固い物に当たったらちょっと持たない。常に20ノットくらいでぶっ飛ばしてるから。それは運だね。
編集長:運?
白石:運です。僕たちは今回の目的が完走だった。だから予備ラダーを積んでいた。もし何かあって、ラダー1本壊れても平気だった。それは各チームの狙いによって違ってくる。優勝を狙う船は重い予備ラダーを持って行かないはず。だからアレックスみたいに当たったら終わり、と。それは各チームの考え方なんだけど。今回僕は、予備品をとても多く積んでいった。船に積んだのは全部で500キロ。500弱の重量だったかな。他の船よりも多いと思います。予備ラダーとか工具も多いし。シカフレックスはもう少し多くてもよかったけど、4本積んだ。それは完走が目的だから。だから余計にいろいろ積みましたね。
編集長:他のチームの事故やトラブルは情報としてすぐに伝わっていたんですか?
白石:すぐに伝わってます。ケビン(ケビン・エスコフィエ〈PRB〉。11/30に船体に大量の浸水がありライフラフトで艇外へ脱出)の遭難中は眠れなかった。ジャン・ル・カムが助けた(12/1に無事救助)のは本当に良かった。彼の船はノン・フォイル艇。腕も一流だしね。僕が助ける役だったらビビるよ。フォイル艇だと両舷のフォイルが邪魔して近づけない。
編集長:白石さんの船はセールを降ろして機走すると何ノットぐらい出るんですか?
白石:向かい風で2ノットぐらいかな。普通の風で巡航4ノット。30ノットぐらい吹くと2ノットも出ない。
編集長:それじゃ、セールを上げていないと動きませんね。ジャン・ル・カムもそうだった?
白石:ぼくならエンジンだけで走ることは考えないな。ぼくならストームジブやJ3(セール)を上げる。彼がどうやって救助したのかわからないけれど、全部セールを降ろしたら逆に難しいと思う。その時の風や波の状況を見ないとわからないけれど、あまり強いようならセールを上げたほうがいい。
編集長:セールを上げながら救助というのは……。
白石:だから腕がないと救助できないです。経験も豊富じゃないと。
インタビュー第3回へ続きます

若手スキッパー・エンジニアの育成プログラムでは大西洋横断レース「ミニトランザット」を視野にMini6.5を3艇購入(1艇はプロトタイプ新艇を建造)して欧州と日本で活動します。そのうち1艇はDMG MORI SAILING TEAMの三瓶フェデリコ(写真左から4番目)が挑戦します。「すでにとても緊張していますが、またとない機会を頂ける事に感謝しながら精一杯頑張ります。応援よろしくお願いします!」(三瓶フェデリコよりコメント)。彼はアメリカズカップのユースチーム・海神チームジャパンで「第2回レッドブル・ユースアメリカズカップ」に挑戦後、GC32などで世界のグランプリレースに参戦。DMG MORI SAILING TEAMでは建造時からチームに携わっています

◎ヴァンデ・グローブ
4年に一度開催される単独無寄港無補給世界一周ヨットレース。世界一周2万6千マイル(約4万8152km)を約80日掛けて走る外洋ヨットレースで、第9回大会は33艇が出場し、2020年11月8日にレ・サーブル・ドロンヌ(仏)をスタート。第9回大会1位のヤニック・ベスタベンの記録は80日3時間44分46秒(大会記録は74日3時間35分46秒)。

CATEGORY:  FOILINGKEELBOATNEWSOFFSHORE