アジアから初挑戦、世界一過酷な「ヴァンデ・グローブ」出場へ。白石康次郎インタビュー
2016年11月6日、単独無寄港世界一周レース「ヴァンデ・グローブ」が、フランス西部の港町、レ・サーブル=ドロンヌからスタートします。4年に一度開催される、地球一周をたったひとりで走るヨットレースに白石康次郎(49歳)が出場します。白石さんの世界一周は、26歳の世界最年少記録(1993年当時)にはじまり、2003年アラウンドアローン、2006年5オーシャンズ(クラス1で2位)に続いて4度目。日本初はもちろん、アジアから初出場を決めた白石さんにバルクヘッドマガジン編集長がインタビューしました。(BHM編集部)
白石康次郎。1967年5月8日、東京生まれ、鎌倉育ち。神奈川県立三崎水産高(現・神奈川県立海洋科学高)卒。高校卒業後、外洋セーラーの多田雄幸に師事。93年単独無寄港世界一周(当時世界最年少)、03年アラウンドアローン、06年5オーシャンズ出場。08年には〈GITANA13〉にクルーで乗艇し、サンフランシスコ〜横浜世界最速横断記録を更新。今秋スタートするヴァンデ・グローブで4度目の世界一周へ挑む。photo by Yoichi Yabe
30年間、抱き続けてきたヴァンデ・グローブ出場の夢。スタートラインに立った今の気持ち
BHM編集長:6月28日、ヴァンデ・グローブの正式エントリーが発表され、アジア初の出場が決まりました。白石さんは、これまで世界一過酷といわれるヴァンデ・グローブを目標にしてきましたが、出場が決まったいまの気持ちを聞かせてください。
白石康次郎:ヴァンデ・グローブをはじめて知ったのは30年ぐらい前です。多田雄幸さん(世界一周レース「第1回BOCチャンレンジ」優勝。白石さんの師匠)から聞きました。どこにも寄らずひとりだけで走る世界一周レースが開催される。その話を聞いて「こんなすごいヨットレースに出てみたい」と思いました。ヴァンデ・グローブに出たい、と言い続けて30年。ぼくも49歳になりました。歴史を感じるし、ずっと抱いていた夢ですから嬉しさもひとしおです。
BHM:6月におこなわれたニューヨーク〜ヴァンデ(米ニューヨークから仏レ・サーブル=ドロンヌまで3100マイルを走る大西洋横断ヨットレース)に出場して14艇中7位(内リタイア1艇)の成績を残しました。このレースはどんな意味のある大会でしたか?
白石:ヴァンデ・グローブに出場するには、大会が認めた経歴や経験がなければなりません。この大会で完走することが、ヴァンデ・グローブに出場する最後の条件になっていました。5オーシャンズから時間が経っていたので、大会側はぼくの実力を心配していたようですが、無事完走できて本当によかった。フィニッシュは深夜11時でしたが、大勢が出迎えてくれたのがうれしかったです。現地では、珍しかったのでしょう、アジア人の活躍が話題になっていました。
BHM:この大会の序盤、ニューヨークをスタートしてすぐトップグループが「何か」に衝突してダメージを受けていましたが、あれは何だったのでしょう?
白石:クジラです。レース艇が航行禁止水域(クジラの生息地域)のギリギリで走っていたから、その区域近くにいたクジラの群れに遭遇してしまった。ぼくもクジラと衝突しましたよ。ただ、ハルの腹にあたったんで、キールやラダーを壊すことはなかった。5艇がニューヨークに戻って修理をするなか、自分だけそのまま走れたのは幸運でした。外洋ヨットレースは、不確定要素が大きい競技だと思います。何が起こるかわからない。
BHM:ヴァンデ・グローブのエントリー(30艇/10カ国)が発表されました。今年のヴァンデはどんな大会になりそうですか?
白石:30艇のエントリーは過去最高です。このヨットレースはフランスで知名度の低かった西部の地域、ヴァンデ県の公共事業としてはじまりました。それが、世界が注目する一大イベントに成長した。レーススタートには100万人の観客がレ・サーブル=ドロンヌへ来場して観戦し、テレビでも生中継されます。大会規模が大きくなっていることに驚いています。
BHM:エントリーメンバーはどうでしょう? 2大会前はふたりの女性セーラー(サマンサ・デイビス、デ・カファリ)が活躍しました。前大会ではフランソワ・ギャバの史上最年少記録(29歳)と最短記録樹立(78日2時間16分40秒)が話題になりました。
白石:今回は、選手の年齢が幅広いのが特長です。年齢は23歳から66歳まで、10カ国から選手が集まりました。選手の平均年齢は41歳(20歳代がふたり、30歳代が8人)。いまオフショアレーシングの世界は世代交代の時期で、若い選手が増えてきている。それに国際色も豊か。もちろんアジア初という大きな話題もあります。
ニューヨーク〜ヴァンデで、ニューヨークをスタートする〈スピリット・オブ・ユーコーIV〉。全長18.28m、横幅5.85m、吃水4.50m、排水重量8トン、マスト高27.50m。ファーヨットデザイン設計。元は2007年に進水した〈HUGO BOSS〉です。photo by Yoichi Yabe
完走率、約55パーセントの過酷な世界一周レース。スピードで優勝を狙うか、確実な完走を狙うか
BHM:船のことを聞かせだください。ヴァンデ・グローブでは、5オーシャンズのクラス1と同じIMOCA60が採用されています。世界一周レースでもスピードを競う高速化の流れがありますが、今年はどんなタイプが出てきているのでしょうか?
白石:IMOCA60は、最新のアイデアがどんどん取り入れられるクラスです。これまでもウォーターバラスト、ローテートマスト、カンティングキール、ツインラダーといった技術が、先行して採用されてきました。今回の目玉はフォイル艇(ハルの両舷に水中翼を備える)です。さらに軽量化され、これまでのボートよりも平均2ノット速いと言われています。このフォイル艇が5、6艇出場します。
BHM:最新のフォイル艇に対して〈スピリット・オブ・ユーコーIV〉は、どんな特長がありますか?
白石:〈スピリット・オブ・ユーコーIV〉は、2008〜09年大会で主流だったタイプ。ツインラダー、スターンの形状がチャインになり、カンティングキールが特長です。この年代のボートも約10艇出場するので、マニアックな見方として、ボートの船型に注目してレースを追い掛けてもおもしろそうです。
4年に一度のヴァンデ・グローブ優勝を目指して船の開発も白熱しています。写真は、フォイルを装備した最新艇〈SAFRAN〉。トップチームは年間億単位の莫大な費用を投じています。photo by Jean Marie Liot
BHM:白石さんのヴァンデ・グローブの成績の目標は、どのぐらいを狙っていますか?
白石:レース展開は、フォイル艇が先行グループになって進んでいくでしょう。船の性能から〈スピリット・オブ・ユーコーIV〉は次のグループになる。今回の目標は『アジア人初の完走』です。でも、船の世代が違うからといって、勝機がないわけではない。実際に、前哨戦となったニューヨーク〜ヴァンデの時、クジラの衝突でダメージが大きかったのはフォイル艇。結局、最新艇の〈BANQUE POPULAIRE VIII〉と〈NO WAY BACK〉は、レースを走りきれなかった。ヴァンデ・グローブは約2000時間のレースです。本当に何が起こるか分からない。
BHM:これからヴァンデ・グローブのスタートまで、〈スピリット・オブ・ユーコーIV〉は、どんな準備が必要になるのでしょうか?
白石:いま船は、フランスのコンカルノーという港町で準備しています。船のインスペクションがあり、先週、キールの強度テストが終了したところです。また、積み込む荷物のチェックもしています。例えば、大会側が規定する医療セットを揃えると、90リットルのダッフルバックがいっぱいになる。医療関係のものだけでもこれだけあります。中には耳の薬もあって「これは必要か?」と思うものもあるけれど、積まなければなりません。安全に関係する規定は、年々詳細になってきていると感じています。
BHM:ルール上、セールは何枚まで積み込めるんですか?
白石:今回は(前大会よりも1枚減って)9枚のセールで戦うことになります。だから何を積んで、何を降ろすのかの選択も重要な仕事です。あたらしく作っているメインセールは、みなさんの応援(クラウドファンディング「https://a-port.asahi.com/projects/vendeeglobe/」)で制作します。世界一周では、壊れたから交換しよう、というわけにはいきません。予備品を積み込みたいけれど、それを積んでいたら船は重くなって走らない。だから、可能な限り良い物を準備したいと考えています。
世界一周レースでは正確な時を刻む時計が大切になります。白石さんはセイコーと共同開発したGPSソーラーウォッチ「プロスペックス マリーンマスター オーシャンクルーザー」と共にヴァンデ・グローブに挑みます。photo by Yoichi Yabe
ヴァンデ・グローブのために開発されたGPSソーラーウォッチ「プロスペックス マリーンマスター オーシャンクルーザー」
BHM:白石さんはヴァンデ・グローブで使う腕時計にセイコーと共同開発したGPSソーラーウォッチ「プロスペックス マリーンマスター オーシャンクルーザー」を選びました。道具にこだわる白石さんが、腕時計に求める条件とは何でしょうか?
白石:防水性が高く頑丈であることは、もちろん重要です。さらに時計は正確でなければいけません。むかしから船と時計は密接な関係があります。電子航海計器のない時代では、自分の位置を知るために天体観測がおこなわれました。六分儀で天体や目標物をはかり、正確な経度を知るためには正確な時間が必要でした。船乗りが正確な時間を刻む時計を大切にしてきた理由です。
BHM:世界一周レースでも時計を使用する場面は多く、重要な存在だと思います。ヴァンデ・グローブでは具体的にどんな使い方をするのでしょうか?
白石:ヴァンデ・グローブのコースは、大西洋を南下してアフリカ南端の喜望峰を越えて南氷洋ルートを走ります。南極のまわりの南氷洋(南極海)を走るのは、地球を一周するのに最短距離になるからです。実は、ここで時計に重要な仕事をしてもらいます。地球の縦軸である経度線を越える度に現在地時刻を修正していくことになりますが、南極に近くなるほど経度線の幅は短くなる。実際のレースでは約3日に一度、時刻を修正していくことになります。そこで「オーシャンクルーザー」に搭載されているGPS衛星電波によるタイムゾーン修正機能(GPS衛星から位置・時刻情報を受信する)が役立ちます。また、光発電のソーラー駆動なので長いレース中にバッテリー切れにならないこともメリットのひとつです。
BHM:2000時間を越えるヴァンデ・グローブの戦いの中で、バッテリー切れを起こさず常に正確な時刻が得られるメリットは大きいですね。
白石:もうひとつ楽しみにしているのが、日付変更線を越えた時。地球を西から東へ向かうと経度15度進んだら1時間進めていくことになります。でも、太平洋上の日付変更線(東経180度)を越えた時、24時間、一気に戻ってしまうわけです。これは、世界一周レースならではのできごとといえます。うまく撮影できたらみなさんにお見せしたいです。
BHM:ヴァンデ・グローブのスタートは11月6日。白石さんと「オーシャンクルーザー」の世界一周レースを応援しています。
セイコー プロスペックス マリーンマスター オーシャンクルーザー
https://www.seiko-watch.co.jp/prospex/sea/marinemasteroceancruiser/gpssolar
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