【パラオ】浜名湖からパラオへ。コーチとして新たな挑戦が始まる
子どもたちにセーリングを教えるため、青年海外協力隊としてパラオ共和国で活動する日本人セーラーがいます。これまでバルクヘッドマガジンでレポートを担当してくれた仙田悠人さんが任期を終え、新たに神谷 仁さんが担当することになりました。子どもの頃からヨットに親しんできた神谷さんに、まずは自己紹介をしていただきましょう。(BHM編集部)

◎子どもの頃はオプティミストに夢中。海が大好きな少年はパラオへ旅立つ
はじめまして、神谷 仁(じん)と申します。26歳です。パラオに来て約1カ月経ちました。5歳の頃より浜名湖でセーリングを始め、20余年を経て今に至ります。(レポート・写真提供/神谷 仁)
5人兄弟の末っ子だった私は、お腹にいるころから家族に連れられて地元の浜名湖に通っていました。幼少期から海は生活の一部で、小学校に上がる頃には、気づけば毎週末ヨットに乗る生活を送るようになっていました。五感を精一杯使いながら艇に乗る時間は、自分にとって日常であると同時に、今でも自分の原点であると感じています。
オプティミスト級の練習に励む兄姉の姿を見てヨットに乗り始めた私は、小柄な体格で強風が大の苦手でした。少しでも風が強くなると嫌でたまらず、毎回の練習では、無風で中止になることを心のどこかで祈っていました。特に冬の西風が強い日には、つぶて島(浜名湖の小さな島)の近くで何度も沈を経験し、泣きながら練習したことが今でも忘れられません。
中学生になると、ヨットに対する向き合い方が変わりました。国際大会に挑戦する機会を得て、海外遠征にも参加しました。初めて触れる外国の海や風に戸惑うこともありましたが、ライバルや仲間たちと共に過ごす時間は、とても貴重で、今も心に残る宝物です。
高校生になると、オプティミスト級を卒業したことをきっかけに、海から一時的に離れました。高校卒業後は、日本中を転々とするアルバイト生活を送りながら、自然と南で過ごす時間が増え、シュノーケルガイドとして働くようになりました。
そして改めて自分にとって海やヨットの魅力が欠かせないものだと気づきました。地元に戻った際には、浜名湖でシーホッパーに乗り、湖上で風や波、光の感触を感じながら一人で船に浮かぶ時間を楽しんでいました。
ヨットと海は、自分にとって単なる趣味以上の存在であり、生活に欠かせない要素であることを再認識しました。次第に、南国での生活に強く惹かれるようになり、海の近くで過ごす日々に自分の居場所を見出していきました。

◎パラオで始まったセーリングコーチとしての挑戦
そんな折、友人からパラオセーリング連盟(PSA)でコーチとして活動できる話を聞きました。JICA青年海外協力隊として、ただセーリングスキルを教えるにとどまらず、現地の人々のお役に立つ役割を果たせるか不安もありましたが、これまでの経験を生かしながら未知の場所で挑戦できる機会だと直感し、迷わず応募しました。
昨年12月9日にパラオへ派遣され、未知の環境の中でのセーリング活動が始まりました。同月中旬からは、PSAでの活動が本格的にスタートし、現在は毎週末の土日を中心に練習を行っています。
参加者は全体でおよそ15人で、土曜日は4人、日曜日は11人と、日によって人数や雰囲気は大きく異なります。金曜日午後には試験的なクラスも行い、少しずつ活動のリズムができてきています。
私自身、コーチとしてヨットを教えるのは今回が初めてで、毎回が手探りの連続です。日本では選手としてヨットに関わってきましたが、「教える側」として責任をもって携わることへの緊張感は、毎回の練習で強く感じています。
それでも、生徒たちが海の上で楽しそうにしている姿を見ると、教える喜びや、ヨットを通じて海と向き合う時間の大切さを改めて実感します。
まだ活動は始まったばかりですが、安全第一で練習を進めながら、パラオでセーリング活動を行う理由を考え、少しずつでも良いクラスを作っていきたいと考えています。

- 連載【パラオ】バックナンバー https://x.gd/n5p3T
- 日本パラオ青少年セーリングクラブ https://jpysc.org/