【特別寄稿】國米 創、大西洋ポルトガル沖で遭難・救助される
大西洋横断ヨットレース「ミニトランザット」の第1レグで遭難・救助された國米 創(こくまい・はじめ)選手からレポートが届きました。9月24日、國米選手はポルトガル沖で未確認浮遊物と衝突しキールを破損。船に大量の浸水があったためレースをリタイアし、近くを通りかかった貨物船に救助されました。事故発生、遭難から救助まで、緊急時の状況、あせり、入り乱れる気持ちなどをレポートしてくれました。(BHM編集部)

◎晴れ渡るスタート当日。安全にセーリングしながら好順位をキープする
9月21日のスタート当日は快晴でレース日和でした。さん橋ではたくさんの関係者がスキッパーを見送っていて、笑顔と涙、緊張などいろんな感情で溢れていました。僕も緊張していましたが、その緊張感は慣れたもので、逆に武者震いがして早くレースをしたい気持ちでいっぱいでした。(レポート/國米 創)
スタート前の気象予報では最初の3日間ほどは強風になると言われていたので、スペインのDST(大会で指示された航行禁止エリア)を越えるまでは守りのセーリングをして、後半に波が落ち着いたら攻めのセーリングに切り替える作戦を考えていました。
スタートも自分の思い通りに決まり、オフセットマークを3位で回ることができ、グレナン付近の最初のウェイポイントもプロトタイプ3位で回れて好調でした。正直この時は自分が3位だとわかっていなくて、後々周りの船を確認したときにトップグループにいることを知りました。

レース2日目のダウンウインドは30ノットの風と4mほどの波がありました。10回以上は確実にブローチングをして、2回ジャイブブローチングして大変なコンディションでしたが、大変さよりも楽しい気持ちが勝って、どんなにハードコンディションでも、嫌な気持ちにならず、スピンを回収し、さばいてまた走りました。
これでこそオフショアです! この緊張のなか自然を相手にレースをするのが楽しい! 本当に楽しい気持ちと幸福感でいっぱいでした。この日の夜、やっと風と波が少し落ち着きました。
この時にまだAIS(エーアイエス=洋上の舶の位置情報などを識別できる装置)にアレクソンが映っていたことに驚きました。自分は守りのセーリングをしているつもりでしたが、思っている以上にプッシュしているのかもしれないと思い、この日の夜はスピンを下ろして安全を優先し、次の日のために睡眠をとりました。
3日目も同じような状況で、4日目の夜中にやっとDSTを超えました。波も落ち着き始めたのでスピンを上げて、再びレースモードに入り、作戦通りここからレースが始まるぞと思いました。


◎船が乾いた繊維が割れるような音を立て、波が崩れる音とともに急ストップ
朝10時頃、風は20ノットでスピードは14ノットと安定していたので、船内に入って水抜きとログブックを取っていました。その時、船が乾いた繊維が割れるような音を立て、波が崩れる音とともに急ストップしてブローチングしました。
さいわい僕の横にバルクヘッドがあったのでケガはありませんでしたが、体育座りの状態から下半身だけ浮いて、前に飛びそうになる勢いがありました。
僕は音から察してスピンポールかマストが折れたと思い、最悪の状態を考えて外に出ました。外に出てすぐにマストを見てポールを見ても問題が無さそうだったので安心して船をブローチングから立て直そうとしましたが、船は戻りたがらず、挙動に違和感を感じました。
スピンを下ろしても船は戻らず、何かおかしいなと思って船内に入るためのドアの横にある風速計のスクリーンを見たとき、キールが割れて船内が浸水していることを目視しました。
すぐに状況を理解して、イエローブリック(トラッキング用の位置情報発信装置)とVHFで緊急事態だと発信し、メインとジブを下ろしました。
そのあとにバケツを持って水を抜こうとしましたが、水の入るスピードが早すぎて、意味のないことに気が付き、一度深呼吸をして状況確認をしました。
キールボックスに穴が開き、キールベアリングの破損を見て状況の深刻さを改めて理解し、EPIRB(イーパブ=非常用位置指示無線標識装置)を発動。頭の片隅に「リタイア」という言葉が浮かんできました。
トラブルがあってからここまで20分ほどです。VHFでメーデー(遭難信号)を出して、たまたま近くにいた船とつながり、救助艇が1時間ほどで到着すると連絡が入りました。
やっと状況が落ち着き、心に余裕ができたら今度は悔しさと悲しみ、怒りが流れ込んできて涙が止まりませんでした。その時の感情は複雑で、頭が風船のように膨らんで、叫んだり何かしら外に気持ちを出さないと破裂してしまう気がしました。
船内のスターボード側はもう沈んでいて、中に入るとブーツの上から水が入るくらいでした。一度水が入るとバルクヘッドのせいで水はそこから移動しません。バッテリーも沈んで酸っぱい臭いが充満していました。

◎僕は貨物船の船長に「艇体放棄をする」という言葉を絞り出して言った
救助艇が到着したとき、正直、貨物船が来るとは思いませんでした。全長120mの貨物船は、上手に僕の船の横に停めました。
僕はとりあえずパスポート、財布、カメラをポケットに入れて乗船し、貨物船の船長から衛星電話を借りてレース委員会に電話をしました。「命を優先するべきだ」と言われ、僕は貨物船の船長に「艇体放棄をする」という言葉を絞り出して言いました。自分の船が浮いて遠ざかっていくのを見るのはとても辛かったです。
ミニトランザットを完走できなかったことは非常に心残りですが、自分の行動に心残りはありません。
たしかに、目標は達成できませんでしたが、大切なのは道筋であり、学んだことと失敗をどんな形であれ、次に活かすことだと実感しました。こんな大変な思いをしましたが、この4日間の短いミニトランザットは間違いなく自分のなかで最高の思い出になりました。
ここまで応援してくださった皆さま、ありがとうございました! 僕のオフショアレーサーとしての気持ちはさらに強くなり、必ずまた戻ってきます!
PS.貨物船で18日間生活してアフリカのガーナに到着した話はまた別の機会に。。。
◎ミニトランザット2025のコース
第1レグ ※荒天によりレース中止
日程:2025年9月21日スタート
スタート:レ・サーブル・ドロンヌ(仏)
フィニッシュ:カナリア諸島 サンタ・クルス・デ・ラ・パルマ
距離:1350マイル
第2レグ
日程:2025年10月25日スタート
スタート:カナリア諸島 サンタ・クルス・デ・ラ・パルマ
フィニッシュ:カリブ海グアドループ・サンフランソワ
距離:2700マイル
- Boulangère Mini Transat(公式)https://www.minitransat.fr/