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【コラム】どうなる???第38回アメリカズカップ(前編)

 8月12日、「第38回アメリカズカップ」(以下AC38)の運営方針や参加資格、使用艇の種類、開催地、競技形式などを定めた包括的な規則=プロトコルが発表されました。(レポート/梶本和歌子 ワカコ・レーシング)

AC37は2024年にスペイン・バルセロナで開催されました。アメリカズカップはイネオス・ブリタニアとエミレーツ・チームニュージーランドが戦い、ニュージーランドが勝利しました。ニュージーランドはAC三連覇中です

 これは、ディフェンダーである ロイヤル・ニュージーランド・ヨット・スコードロン(チーム・ニュージーランド)と、チャレンジャー・オブ・レコードであるロイヤル・ヨット・スコードロン(アテナ・レーシング) が合意し、正式に締結されたものです。

 さらに、9月9日には競技規則および技術規定が公表され、次大会に向けた活動がいよいよ本格化してきました。今回はそのプロトコルと、前回、前々大会から使用されているAC75クラスのクラスルールの注目点を見ていきたいと思います。

【アメリカズカップへの道のり】
 AC38は、最終決戦となるアメリカズカップマッチ(AC38マッチ)に至るまでにいくつかの段階的なイベントで構成されることになり、総称して「AC38イベント」と呼ばれます。

◎プレリミナリー・レガッタ
 2026年中にAC40を使用したレガッタを3回実施します。各チームは2艇エントリーすることができます。2艇エントリーする場合、そのうち1艇はユースと女性のクルーで構成されている必要があります。
 また、2027年初頭にAC40またはAC75を使ったレガッタが1回開催される可能性があります。さらに、チャレンジャー・セレクション・シリーズ(CSS)直前に、AC75を使用した最終予選レガッタが開催されます。この最終予選で獲得したポイントは、CSSに持ち越されます。フォーマット未決定ですが、フリートレースと1回のファイナルマッチレースが想定されています。

◎チャレンジャー・セレクションシリーズ(CSS)
 グループステージではチャレンジャーの全チームがラウンドロビン方式のマッチレースとフリートレースを行い、上位4位までがセミファイナルステージに進出し、以後はトーナメントで勝者が決定します。
 グループステージを1位通過したチームは、セミファイナルシリーズでの対戦相手の指名権があります。セミファイナルとファイナルは5本先取のマッチレースで戦われます。なお、チャレンジャーが4チーム未満の場合はセミファイナルはなく、直接ファイナルが行われます。

◎AC38マッチ
 正確な日程はまだ公表されていませんが、AC38マッチは2027年7月にチーム・ニュージーランドとCSSを勝ち抜いたチャレンジャーが7本先取のマッチレースで争い、勝者を決定します。

チャレンジャー代表(英・アテナ・レーシング)とディフェンダー(チーム・ニュージーランド)の合意により、イタリア・ナポリで開催されるAC38のプロトコルが発表されました。写真はアメリカズカップ(左)とチャレンジャー・セレクションシリーズで勝者に授与されるルイヴィトンカップ

【プロトコル&クラスルールの注目ポイント】
 AC38では、これまでと大きく変わる点がいくつも盛り込まれており、古くからのアメリカズカップファンを中心に批判的な意見もよく見かけます。以下に主な変更点を整理します。

◎大会運営
 大会運営はこれまでディフェンダーが担ってきましたが、今回はディフェンダーとチャレンジャーがACパートナーシップ(ACP)を設立し、共同で運営することになっています。チャレンジャーとしてエントリーするには、このACPへの参加が義務付けられています。
 ちなみに、このACPに参加するには、次回大会のAC75の使用を認めなければなりません。2017年大会を前にオラクルUSAがAC50をワンデザイン化して、次大会にもAC50で競うことを約束する紳士協定を提案しました。しかし、その時に反対したチームニュージーランドが、オラクルUSAと同じ様な枠組みを作っているのが何とも面白いです。

◎ハルの再利用
 参加チームは、前回の2024年バルセロナ大会(AC37)もしくは2021年オークランド大会(AC36)で使用されたハルを再利用しなければなりません。もし実艇を調達できない場合は当時のデザインを購入して建造する必要があります。内部システムの改修のための最大4㎡までの構造変更は認められますが、外形の変更は禁止です。

◎フォイル&ラダー
 フォイルウィングとフォイルフラップは、既存の3本を20%の範囲で改造可能です。それらに加えて、新たにフォイルウィングは3本、フォイルフラップは5枚作る事ができます。フォイルアームは前回大会同様ワンデザインなので開発できません。ラダーは1本のみ新たに作る事が可能です。

◎マスト&セール
 前回大会で2本作成済みチームは、マストを新造できません。オリエント・エクスプレス・レーシングのみ新たに1本作る事ができます。
 メインセールは既存4枚に加えて、6枚を新たに作る事ができます。ジブセールは既存10枚に加えて新たに13枚作る事ができます。メインセール、ジブセールともに85%が変わらない範囲でリカットすることは可能です。

◎システム
 コントロールシステム、油圧、電子機器への変更は、既存のハルに収まる範囲であれば、制限はありません。

発電を担当するサイクラーの廃止、女性最低1名の乗艇は大きな変更点です。また、前大会で好評だったユースAC、ウィメンズACの開催も発表されています

◎サイクラー廃止とクルー人数の変更、国籍条件について
 前大会で話題となった人力発電(サイクラー)は廃止され、油圧供給はバッテリー駆動システムに限定されました。これに伴い、クルーの人数は8名から5名へと削減されます。
 5名のうち最低1名は女性セーラーでなければなりません。さらに女性1名を含むクルーのうち、最低3名はそのチームが代表する国の国籍条件を満たすことが求められます。このように、国籍条件だけではなく、ジェンダー規定も明確に規定されています。

◎ゲストレーサーの復活
 2007年バレンシア大会以来となる「ゲストレーサー制度」が復活します。レース中に非チームメンバーが同乗できる特別席が設置され、観客やスポンサーにとっても注目の体験となりそうです。

◎キャンペーン費用の上限
 各チームのキャンペーン費用の上限は、7,500万ユーロ(約130億円)に設定されました。予算制限に加え、既存パーツの再利用や新造部品の制限も導入され、過剰な資金投入を抑える仕組みが整えられています。

◎AC75・AC40ヨットの使用制限について
 AC38では、AC75とAC40に対して明確な使用制限が設けられています。
 AC75は、2026年1月15日から2027年1月14日までで最大45日間、2027年1月15日からCSS直前のAC75最終予選レガッタが開始されるまでは、セーリング日数が最大45日間認めらられます。前回大会の最終成績に基づいて、追加でセーリング日数が与えられる場合があります(例:オリエント・エクスプレス+10日、チーム・ニュージーランドは0日)。
 AC40は、2艇同時にセーリングできますが、こちらもセーリング日数には制限があります。2025年7月1日から2026年6月30日までが最大35日間、2026年7月1日から2027年6月30日まではさらに最大35日間セーリングする事ができます。

◎ユース・アメリカズカップ(ユースAC)&ウィメンズ・アメリカズカップ(ウィメンズAC)の開催について
 AC38では、次世代セーラーの育成と女性選手の活躍を推進するため、ユース・アメリカズカップ(ユースAC)とウィメンズ・アメリカズカップ(ウィメンズAC)が開催されます。AC38に参加するチームは、これらのレガッタへの参加が義務付けられています。
 セーラーの国籍は、100%そのチームが代表する国の国籍である必要があります。また、ACPの裁量により、AC38に参加しない第三者のヨットクラブが招待される可能性もあります。レースにはAC40が使用され、各チームは4名の乗員でレースを行います。