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【コラム】世界の若者が乗るフォイリング・ボートとは?

 今月のワカコレーシングは、身近なフォイリング・ディンギーの特集です。フォイリング・ボートは、アメリカズカップで採用されるAC75、AC40、SailGPのF50、モス、五輪種目のナクラ17、iQFOiL、カイトボードのフォーミュラカイトが知られています。また、一般的には日本でもウイングフォイルが人気ですね。今回はモスから派生して、若い世代を中心に世界へ普及したワスプ(WASZP)。そして、最近、勢いを増してきているスイッチ(SWITCH)を紹介します。(BHM編集部)

ガルダ湖マルチェージネで開催されたフォイリング・ウィーク。モスに94艇、ワスプには約130艇、スイッチ(写真)には32艇がエントリーしました

◎毎年ガルダ湖で開催されているフォイリング・ウィークとは?

 6月22から29日まで、イタリアのガルダ湖でフォイリング・ウィーク開催されていました。フォイリング・ウィークは2014年にガルダ湖のマルチェージネで初開催され、セーラー、設計者、ビルダーなどが集まるフォイリング・ボートのお祭りです。(レポート・写真/梶本和歌子 ワカコ・レーシング)

 各種フォイリング・クラスのレースだけではなくて、水中翼に関するフォーラム、環境に配慮した大学生のモス作成コンテスト、ベスト・フォイラー・オブ・ザイヤーや、映像作品の表彰なども行っています。

 2024年のパリ大会からはオリンピックのセーリング全10種目の内、半数の5種目がフォイリング種目となり、アメリカズカップ、ユース・アメリカズカップ、SailGPなど、もはや「飛ぶこと」が特別ではない時代となっています。

 それに伴い、フォイリング・ウィークも黎明期には一部の関係者だけのものから、幅広い層を集める大会へと変化してきています。今回はレースが開催されたフォイリング・クラスの中でも最も多くのエントリーを集めたワスプと、今年で2回目の開催となる注目のスイッチについて見ていきたいと思います。

フォイリング・ウィークはレースやデモンストレーション、ワークショップ(写真)など、期間中フォイリング一色となるまさにフォイリングの祭典です
AC40のシミュレーター。昨年のユース&ウィメンズ・アメリカズカップでは、実艇での練習ができないため各チームはシミュレーションでトレーニングしていました
フォイリング・ウィークでは日本では見られない船も走ります。写真はワンフライから派生したIODA。両舷のサイドフォイルはアルミ製です
こちらも日本にはないバーディフィッシュ(仏製)。全長470mm、重量135kg、若者向けに製造されたフォイリング・ボートです
日本でもよく見られるワスプ。昨年は「JSAFセーリングシリーズ チャレンジラウンド」で全国で試乗会が催されました

◎ワスプ(WASZP)

 往年のモスセーラーで、モスのデザインでも成功したオーストラリアのアンドリュー・マクドゥーガルが、子供達でもフォイリング・ボートに乗れるように、という思いから、安価で安全なクラスとて考案された1人乗りワンデザインのフォイリング・ディンギーです。発売は2016年です。

 基本的なデザインはマック2世代のモスがベースとなっていて、幅の狭いグラスファイバー製のモノハルにトランポリンを貼ったアルミパイプのウイングが突き出して、アルミ製のセンターボードとラダーの先にTフォイルがつきます。製造は中国のマコナギーボートが行っています。

 リグは体格に合わせて5.8、6.9、8.2㎡と3サイズがあり、安全面を考慮してILCA(旧レーザー)のようなステイのないセルフスタンディングリグを採用しています。お値段は、200万円強となっています。

 世界を見渡すとワスプはフォイリング・ディンギーで一番普及しているクラスなんじゃないかと思います。そして、その大部分はユース層で、若手のエントリークラスとしては事実上のスタンダードと言っていいと思います。

 2020年にはSailGPのインスパイヤー・プログラムにも採用されていて、現在も継続中です。最初のシドニー大会には日本から山崎アンナ、嶋倉照晃両選手が参加していたので覚えている方もいるかと思います。

 今年のフォイリング・ウィークでは8.2㎡と6.9㎡の合わせて約130艇のエントリーがあるほどの盛況ぶりです。2016年にワスプが売り出されてから、9年が経過し、ワスプからステップアップしてモスに乗る若いセーラーが多くいて、現モスワールドチャンピオンのマティアス・クーツ(NZL)もその1人です。

 モスでもナクラでもそうですが、フォイリング・ボートはちょっと失敗するとすぐにノーズダイブして急停止してしまいます。モスだと太もものところにサイドステイがあり、ノーズダイブ時に素早くフットストラップから足を外してうまく脱出しないと、サイドステイに太ももがぶつかり大きな痣を作ることになってしまいます。ワスプはその心配がないので、エントリー艇種として、失敗してもケガをしにくいと言うのは安心感があります。

 昨年、ラダー・バーティカル、ラダー・ホリゾンタルが新デザインとなり、抗ベンチレーション性と効率が改善されました。とはいえ、アルミ製のフォイルはモスなどのカーボン製に比べて効率(揚抗比)に限界があり、艇速域も低くなります。個人的にはちょっと物足りないところもありますが、エントリークラスとして最高速が25ノット程度に留まっているのは、良いことなのかなとも思います。

 ちょっと細かいところですが、ILCAと同じくブームエンドシーティングのため、タック・ジャイブ時にティラーエクステンションが前まわしになります。私は器用ではないので、モスからのコンバート&モスへのコンバートに結構苦労しました。

 私は必死に練習してもできるかどうかと言ったところでも、最近のセーラーは、モスに乗った初日でもヒョイっとフォイリングタックできてしまったりするので、若い子には関係ないのかもしれません。

ワスプのスタート。ワスプはウインドサーフィンのようなウイッシュボーンブームを採用していて、ブームバングがないのが特長です
モスの規格には入らないため独自の路線で普及を目指しているスイッチ。世界的なレースはおこなわれていませんが、プロモーションに五輪選手を積極的に採用しています
フォイリング・ウィークでは五輪ILCA金のトム・バートン(AUS)やマット・ウォーレン(AUS。写真)、ILCA7ワールドチャンピオンのミッキー・バケット(GBR)らがレースに出場していました

◎スイッチ(SWITCH)

 スイッチのデザインをしたのは、イタリアのモス乗りジャン・マリアとステファノのフェリギ兄弟です。彼らは高校生の時からモスに乗り、大学生の時に2人共オーストラリアに留学して造船工学を学びつつ、シドニー郊外のウラーラでモスに乗っていました。

 卒業後は先述したアンドリューの元でインターンを経験した後、地元イタリア、ガルダ湖へ帰り、マンタモスの開発・製造に参加、2024年にタイのビルダーであるエレメント6エボリューションと組んでスイッチを生み出しました。パフォーマンスを多少犠牲にしてもコストを抑え、モスよりも幅広いセーラーを対象に、オリンピックへの採用も視野に入れて開発したそうです。

 船体の長さは3.9メートル、幅は2.25メートル、重さはおよそ25キロです。モスでは取り外し可能でないといけない船体後部のガントリーがそのまま船体の一部となっていて、ダブルエンダーの船体はモスと比べて少し長くなっています。カタマランのようなハルシェープ、弓形のウイングバーなど、ビーカーモスの影響が強く見られます。

 船体、フォイル、リグ、ウイングバーは全てカーボン製です。リグはステイもバングもあるコンベンショナルなスタイルで、見た目はほぼ現代的なモスです。サイズは6.5、7.4、8.5㎡と3サイズ用意されています。製造はILCA(旧Laser)やナクラ17といったオリンピック艇の製造で実績のある造船所、エレメント6エボリューションです。

 モスと比べると艤装やシステムはかなり簡素化されていて、4つのコントロール(カニンガム、バング、ライドハイト、ピッチ)で済むようにし、組み立てすぐに海に出れるように工夫が施されています。お値段は、税別21000ユーロ(約360万円)です。

 普及ですが、現状ではまだイタリアのローカルクラスといった感じです。私の知る限り、イタリアに20艇程度のフリートがあるだけで、他の国ではこれからだと思います。デザインも品質もいいので、普及する可能性は高いと思っています。SailGPシドニー大会の時に会ったウィル・ライアン(AUS。東京五輪470金メダル)も購入したと話していました。

 2023年の12月にアジア選手権でタイのパタヤを訪れている時に、ジャンがいてスイッチのテスト/プロモーションをしていたので、49erFXの山崎アンナ選手と一緒に試乗させてもらいました。

 乗った感想は、スムーズにフォイリングし、船体が軽い印象で、スピードの乗りも良かったです。私自身はそこまでプッシュできませんでしたが、最高速はダウンウインドで30ノットは出るそうなので、十分速いボートと言えるでしょう。

パタヤで体験したスイッチ・テストセーリングの様子です

◎さて、ワスプとスイッチ。どちらを選ぶ?

 ワスプ、スイッチともモスから派生したよく似たクラスだと言うことがわかってもらえたと思います。ここでは比較をする意味で、もし仮に私達に中学生か高校生位の子供がいたとして、どちらをなぜ選ぶか、という話をしたいと思います。

 結論から言うと、最初はワスプを選択すると思います。まず、安価で安全に乗れる点が多く、フォイリング・ディンギーの基礎を学ぶ事に適しているし、フリートレースが経験できると思うからです。

 一方のスイッチは、一通りワスプに乗ってレースにも出て、基礎ができた次のステップアップとして選択肢のひとつだと思います。

 オリンピック艇種を狙って作っているという事もあって、船のパーツやフォイルがよく考えられて作られており、品質も良いなと思いますが、エントリーボートしては少し敷居が高い印象です。これから普及してフリート数が多くなれば、レース感も楽しめる様になると思います。

 日本ではユース世代がフォイリング・ボートに乗ることがまだ普及していませんが、世界では普通になって来ています。さらに出費が嵩むとは思いますが、投資と思ってフォイリング・ボートを買って経験をさせてあげて下さい。そして、親御さんも一緒に楽しんでいただけたらと思います。

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