【コラム】第38回アメリカズカップのニュース&噂話あれこれ
ニュージーランドの勝利となった第37回アメリカズカップ。ちまたでは次のアメリカズカップについてニュースがちらほら。正式発表があれば、うわさ話もあります。今月のコラムでは、“日本一のアメリカズカップ好き” のワカコレーシングに、世間に出まわっている情報をまとめてもらいました。(BHM編集部)
◎次回アメリカズカップのボートは引き続きAC75クラスです
10月19日、エミレーツ・チーム・ニュージーランド(ETNZ)の勝利で幕を閉じた第37回アメリカズカップ。その翌々日21日には敗者イネオス・ブリタニアの母体であるロイヤル・ヨット・スコードロン(RYS)が提出した挑戦状が受理され、第38大会のチャレンジャー・オブ・レコード(CoR)となることがディフェンダーであるロイヤル・ニュージーランド・ヨット・スコードロン(RNZYS)から発表されました。(レポート/梶本和歌子 ワカコ・レーシング)
両陣営の関係は引き続き良好ということで、次回もAC75を用いた友好的マッチとなるようです。ちなみに、AC37のプロトコルには、出場条件として次回もAC75を用いることに同意し、違反した場合は2,000万米ドルの賠償金を支払うことにも同意が求められていました。
ニュージーランド・チームのCEOを務めるグラント・ダルトンのインタビューによると、次のような意向があるそうです。
1)コスト高騰を抑えるためにコストキャップを導入
2)早ければ2025年にもAC75を用いたプレリミナリーレガッタを開催開始
3)本大会は早ければ2026年に開催
各チームのスポンサー維持を容易にするため、空白期間を狭めつつ開催サイクルを早めたい意向だそうです。したがって、今大会と同じように新しいバージョンのハルを1つだけ建造するように制限がかけられます。
その後、両チームの間で次のような項目が合意された旨、発表されました。
・バルセロナの決勝戦から3年以内に次のカップ戦を開催し、8か月以内(2025年6月まで)に会場を確定する意向があります。
・AC75クラス(75フィートのフォイルモノハル)を維持し、チームは新しいボートを1隻だけ建造することが許可されます。
・セーラーが代表する国のパスポートを所持することを求める既存の国籍規則があり、新興国に関する規定は見直される可能性があります。
・バルセロナの後、12カ月間は予備レガッタに参加しない限り、AC75ヨットのセーリングが禁止されます。
・AC75のセーリング日数制限が導入されますが、新しいチームには免除が与えられます。
・女子およびユースのアメリカズカップイベントを発展させることが目指されています。
◎開催地は未定。バレンシア、オークランド、中東が候補にあがっているが、、、
バルセロナは当初の目的は果たしたとして、次回の開催地募集には応募しないことを表明しています。アメリカズカップに反対するデモが起きたり、市民の中にオーバーツーリズムを問題視する風潮もあるようで、多額の開催権への支出を地方自治体として正当化できないということなのでしょう。
その一方で、2007年、2010年大会の開催地となったバレンシアが候補地として名乗りをあげていました。しかし、その後大きくニュースでも報道されたように、10月末にバレンシア州で大雨による大洪水が発生し、多大な被害が出てしまいました。復興に時間がかかる見通しのため恐らく候補地からは外れるのではないでしょうか。
防衛前は開催の可能性が低いと否定的だったダルトンですが、防衛後は母国ニュージーランドでの開催も除外しないというトーンに少し変化しています。
開催権費が80Mユーロ(約110億円)とも言われるほど高騰している事から、中東での開催を予想する識者もいます。AC37ではAC40クラスを用いたプレリミーレガッタ第2戦がサウジアラビアのジェダで開催された実績もあるし、ライバルリーグであるSailGPでは多くのAC関係者が掛け持ちしており、2024/2025シーズンに中東で3戦の開催が予定されています。
◎参加チームや選手の動きは? 若い世代に交代する可能性もあり
ETNZ、イネオスの参加はもちろんですが、ルナ・ロッサは次回も参加の意向を表明しています。スイスチームは参加チームの中で一番と言われるほど費用を掛けて参戦したにも関わらず、成績が振るわなかった事から次回大会への参加がどうなるかは不透明とされています。同じく、アメリカチームも雲行きがあやしいようです。
また、フランスは当初から資金繰りが厳しかったとみられており、予選リーグにおいても一番始めに敗退した経緯から、次回チャレンジは難しいと予想しています。
チャレンジャーチームにとっては、練習時間が制限されている上に、新艇を1艇しか建造できないためテスト時間が短く(自チームで走り合わせができない)、世界的なインフレの影響も相まって、ACキャンペーン費用は高騰しています。
そういった背景から参戦のハードルが高くなっているように感じます。それでも新規参入を目指すチームが現れるのか? 期待したいと思います。
3回のAC優勝を果たした、ピーター・バーリング、ペアのブレア・チュークですが、今大会前には、アリンギに移籍するという噂がありました。次回大会でもチームに残留するのか、はたまた移籍するのか気になる所です。
また、参加を表明しているルナ・ロッサチームですが、スターボードヘルムのジミー・スピットヒルは既に引退を発表しています。
フランチェス・コブルーニは引退を発表していないものの、デンマークSailGPチームのコーチに就任するなど、現役から退きそうな空気を感じます。イタリアSailGPチームのヘルムがルージェロ・ティタになり、そのチームのCEOがジミーですから、ルナ・ロッサも世代交代の時期となりそうです。
イネオスは今大会直前で当初予定していたジャイルズ・スコットからディラン・フレッチャーへ、アメリカン・マジックもケガをしたとはいえ、レース途中でヘルムがポール・グディソンからルーカス・カラブレーゼに変わるなど若い選手が頭角を現しています。
◎アメリカズカップとSailGP、オリンピック、モスとの関係
AC75は練習時間が限られる上にレース数も少ない事から、いくらシュミレーター技術ができたとしても、セーリングスキルを維持するのはなかなか簡単ではないと想像します。
その事からSailGPにACセーラー(ショアクルーも含む)が多く参戦しています。例えば、スイスチームヘルムのアーナウド・サロファギス、イギリスチームにディラン・フレッチャーが新たに今年から参戦することになったのもこういった要因ではないでしょうか。
もうひとつは今シーズンから超高額となった賞金(11月SailGPドバイ大会後、ラッセル・クーツが賞金総額は1,280万ドルになると発言)も魅力的な要素ではあると思います。SailGPとACは運営母体は全く異なりますが、ACセーラーにとってはトレーニングの一環として密接に関連していると言えます。
ACセーラーのヘルムは、オリンピックのメダルを持っている事と、モスクラスでワールドチャンピオンというのが当たり前となってきています。
12月から開催されるモスワールドには、次回AC大会のヘルムを狙う選手達が多数参加予定です(詳細は来月のコラムをお楽しみに!)。この事からも、ACボートで練習できない期間をどう過ごすのかが見えてくるのではないでしょうか。
◎ユース&ウィメンズアメリカズカップは次回もやる予定です
ユース&ウィメンズアメリカズカップは次回大会も開催も開催される見込みです。今大会が女子にとって初めての大会でしたが、AC40を使用する事によって従来必要だったサイクラー(もしくはグラインダー)の役割が不要となり、身体的な能力による差が生まれない事から女子選手の活躍の可能性を大きく感じました。
反面、先述のように、資金繰りからAC本戦チームの活動が優先される傾向があり、チームによってユースと女子チームの乗る機会が想像していたよりも取れてなかったようなので、次回大会は改善を期待したいところです。
とはいえ、100億円規模の資金を用意する必要のあるAC本戦のチャレンジは現実的ではないかもしれませんが、今回と同様にワンデザインのAC40を開催者が用意するフォーマットなら、100分の1程度の資金が用意できれば挑戦可能だと思われるので、日本からもエントリーがあることを願っています。
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