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【バルクヘッドマガジン特別企画】白石康次郎インタビュー・後編

 世界一周ヨットレース「ヴァンデ・グローブ」を完走した白石康次郎インタビューの後編です。2月9日にフィニッシュした白石さんは5回目の世界一周、2回目のヴァンデ・グローブ完走を飾りました。※インタビューはフィニッシュ直後の2月12日におこなわれました。(BHM編集部)

ヴァンデ・グローブフィニッシュ後、レ・サーブル・ドロンヌのビレッジに作られた特設スタジオで記者会見する白石康次郎さん

◎世界一周が日常になってしまった。大阪出張に出かけるみたいに

編集長:今回、5回目の世界一周、ヴァンデ・グローブ3回目の挑戦、2回目の完走でした。世界一周を5回やっている人はそういないと思います。5回を終えた感想はありますか?

白石:だんだん日常になっていくんだよね、世界一周が。

編集長:世界一周が日常、、、って衝撃的です。

白石:普通、世界一周だから一生に一度できればいい。でも5回やるといつもの感じになる。お父さん、大阪出張行って帰ってくるという感じ(笑)。だからすごく特別なことをやってるんじゃなくて、日常の仕事をこなしてるって感じはあります。

編集長:初出場最年少のヴィオレットは大泣きしてました。

白石:それはよく分かる。初めては感動するよ。ぼくも最初の単独世界一周は176日かかって特別な思いがあった。それからアランド・アローンやファイブ・オーシャンズとか、最初のヴァンデもうそうだけれど、ここまでくると何か特別な思いがあるのかというとそうではなく、「今回も完走できてよかったなぁ」という気持ちです。

編集長:想像できませんが、そういうものなんですね。正直に言って今回の世界一周は疲れましたか?

白石:疲れた、疲れたよ(笑)。今回は結構吹いたんだよね。ストームジブを結構使いました。特に南氷洋は荒れてたな。

編集長:今回は記録が生まれ、レース全体がスピードアップした印象があります。次回のヴァンデ・グローブはどうなっちゃうんでしょうか?

白石:今回は異常に早かったと思う。特に前半の赤道から下。ケープタウンまではずっと風に乗ってた。それとトップスリーはちょっと異常に飛び抜けてた。トップスリーだけホーン岬からフィニッシュまでも早かった。

編集長:インド洋で巨大な低気圧がありました。そこにトップ艇は突っ込んでいきました。あれには驚きました。

白石:よく突っ込んだよね。おおかたは逃げたけれど。

編集長:ヴァンデ・グローブの人気も右肩上がりのようです。

白石:今回は出場制限があって40艇のスタートだった(前回は33艇)。次回はもっと増えるんじゃないかな。出場したいという選手は増えるでしょう。問題は、レ・サーブル・ドロンヌ(港)のキャパだよね。この辺のルールがまだ決まってないからなんともいえないけど増えるのは間違いない。

編集長:IMOCA(ヴァンデ・グローブで採用される60フィート艇)はどうなるんでしょうか?

白石:いまぼくたちが作っている船が最新になります。南氷洋で波に突っ込まないようにということで、今の〈MACIF〉をさらに速くした進化型になる。まだ、発表できる段階じゃないんだけど、あたらしい考え方を取り入れています。

編集長:フィニッシュ後、白石さんの記者会見で「フォイル艇よりもぼくはジャン・ル・カムのようなダガーボート艇、そっちの船の方が似合ってる」とは言ってましたが、DMG MORI Global Oneはどうでしたか?

白石:新しいフォイルに変更して性能はぐんと上がりました。特に低速でフォイリングできるようになったので船は速くなった。船はジャスティン・メトルー(総合8位)の同じタイプです。ただ、今の最新艇〈MACIF〉とか〈ARKEA〉とか、あそこまではなかなか追いつかない。

編集長:新しい船が楽しみです。いつ頃できあがるんですか?

白石:まだデザインが確定していないからね。できあがるのは2026年の春頃じゃないかな。

レ・サーブル・ドロンヌの港内へ続く水路をパレードするDMG MORI Global One
2025年12月に開催されたセーリングキャンプ in 座間味では、ニュージーランド沖を走っていた洋上の白石さんと子どもたちがオンラインで会話しました

◎スマホひとつで何でもできる。衛星通信の進化で身近になった世界一周

編集長:今回のヴァンデ・グローブを観戦していて変化を感じたのは衛星通信の進化です。白石さんも毎日ビデオレポートをアップして、より世界一周が身近に感じられるようになりました。船上生活でも変化を感じましたか?

白石:今回はなるべく毎日記録を取ろうと考えてました。いまは全部スマホでできちゃうからね。実は、ぼくたちのスターリンク(衛星インターネットアクセスサービス)はすぐに壊れちゃって、予備を使っていたんです。撮影した映像をあっという間に送れちゃうし、手間取ることもなかった。ストレスもなかった。

編集長:去年のセーリングキャンプ in 座間味のイベントでもスターリンクでつないでオンラインで子ども達と会話してくれましたね。とっても違和感のない通信でした。

白石:報道ステーションもスターリンクで問題なかった。ただ、アンテナが結構もろいみたいで他のセーラーも壊しちゃったみたい。ぼくのスターリンクも1週間で終わっちゃったからね。ぶつけてないんだけどな。

編集長:4年前と比べて海の様子に変化がありましたか?

白石:赤道付近でサルガッソー(藻)がとても多いっていうのは感じた。あとは、そんな変わらないかな。南氷洋は昔と同じでよく荒れてて、そんな変化は感じなかった。

編集長:白石さんのグループが南氷洋を走っていた時、氷山を見たっていうニュースがありましたね。

白石:そうそう、ちょうどぼくたちのフリートで氷山が目撃されたんです。近くを走っていた船が目の前に氷山を見たって。すぐに氷山ポイントの警戒(アイスゾーン。進入禁止エリア)が出てたね。ぼくはその近くを通過しちゃったんだけど、氷山は見なかったな。

編集長:白石さん、これからの計画はどんなことを考えていますか?

白石:いま〈DMG MORI Global One〉をレ・サーブル・ドロンヌからロリアンに戻して整備しています。それから船を日本に持って帰ります。5月ぐらい日本に到着するんじゃないかな。日本では横浜と関西でジャパンツアーをやって、それと同時にフランスでは新艇の建造に入ります。

編集長:今年も忙しくなりそうですね。

白石:ぼくは日本とフランスを行ったり来たり。チームではDMG MORI セーリングアカデミーのアレックス(國米 創)とアレクソン(アレクサンドル・デゥマンジュ)が9月のミニトランザットに出場します。ロール(ロール・ギャレー)のフィガロもこれからシーズン入りします。

1月2日、南氷洋を走るConrad Colmanが氷山を撮影。氷山が確認されたのは2008年以来とのこと
世界一周フィニッシュ後、出迎えてくれたファンにあいさつをしながら歩きました

◎何も考えてないアイツができるんだから、できないことなんて何もない、ということを知ってほしい

編集長:最後にバルクヘッドにおもしろい質問が来たので紹介します。「白石さんはこれまでヨットレースに出場して良い成績をあげていません。それなのにどうしてスポンサーがついて、ヨットレースを続けられ、毎年応援が増えているんですか?」という質問です。

白石:うん、うん、分かります。良い成績をあげた選手にスポンサーがつくのは一般的なことだし、自然なこと。ぼくは良い成績もあげず、英語もフランス語も分からないのに最新の船を作っている。それって不思議なことです。

編集長:ヴァンデ・グローブに出場できるセーラーはその国のスター選手がほとんどで、新艇で挑むのは一握りのトップセーラーです。白石さんみたいな選手はなかなかいないと思います。

白石:ヨットで活動するにはスポーツ万能でセンスがなきゃダメ、お金がなければダメ、フランス語が話せなければダメ、という人もいます。まわりがヨットのことを分かってくれないからスポンサーがつかないんだ、世の中が悪いんだ、マスコミが悪いんだんだ、という人がいるけど、ぼくはそう思わない。それは、できない言い訳にはならない。成績の他に何があるのか。そこを考えるのは大切なことです。

編集長:白石さんの考え方は、日本でスポンサーを見つけて活動をしたい、例えばオリンピックを目指す若者や指導者の考え方と正反対でとても興味深いです。

白石:そうかもしれないね。だから成績を出さなくても応援してもらえることに本当に感謝しています。ぼくみたいに、ヨットも上手じゃない、英語やフランス語を話せなくても活動を続けられるってことを若い人たちに知ってもらいたい。『白石康次郎のバカを見てみろ、何も考えてないアイツができるんだから、できないことなんて何もないよ』ということを知ってもらえたらいいな、と思います。

◎第10回 2024-25 ヴァンデ・グローブ 基本データ
日時:2024年11月10日スタート
開催地:レ・サーブル・ドロンヌ(フランス)
総距離:約2万4300マイル(4万5000キロ)
出場:40選手(うち女性6名)
国:11カ国。フランス、イギリス、スイス、ドイツ、イタリア、ベルギー、ハンガリー、日本、中国、米国、ニュージーランド
初出場:18選手(最年少は23歳女性)
新艇:14艇
リタイア艇:7艇
トップフィニッシュ艇:シャルリー・ダリン〈MACIF Santé Prévoyance〉64日19時間22分49秒(大会新記録)

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