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【コラム】元五輪470日本代表が振り返るパリ五輪(1)

 みなさん、こんにちは。バルクヘッドマガジン編集長です。日本の20年ぶりのメダル獲得にわいたパリ五輪が終わって二週間が経ちました。ここで本誌に連載しているワカコ・レーシングの梶本和歌子さん(ロンドン五輪470代表)にパリ五輪を振り返ってもらいました。(BHM編集部)

◎オリンピック全体を通して弱かった風

 私自身の経験はマルセイユで数回レースの経験がありますが、4月から6月の期間でその時はミストラルと言われる北西の風が1レガッタ吹き続いたり、逆に微軽風でレースが終わったり、強風か微軽風かの極端な風の吹き方で、中風域がほぼなかった印象でした。(レポート/梶本和歌子 ワカコ・レーシング)

 また、マルセイユの湾は西側、南西側にしか開けていないので、それ以外の風向はシフティー、ガスティーで山(岡?)がすぐにあるので地形が影響する海面だという印象を持っていました。

 オリンピックが始まると、毎日の中継を楽しみに画面の前に座っていたのですが、観ていた方は分かると思いますが、毎日のように遠目のマルセイユの湾の景色が映り、スタートが遅れています、の映像をひたすら見させられるという時間が多かったですね。

 ということは、選手は陸、または海上で待機する時間が多かったでしょうし、レースが始まってもレースが中止になるケースが多く、レースの進行がオリンピック期間の後半になるにつれて遅くなり、予備日を使ってなんとか成立させたレースではなかったでしょうか。

 レースが始まっても、上マークで風が吹いていても、下マークに向かうにつれて徐々に風が弱くなり、下マーク、フィニッシュライン付近ではほぼ止まってしまう場面もありました。

 1つのパフを取ると大きく順位の変動があったようです。中盤に1日風が吹いたのみで、後のレースはまた風が弱くなってしまいました。

 また、フォイリングクラスが新たにiQFOiL、フォーミュラカイトが加わり、ナクラ17を加えると、セーリング競技10種目の内、5種目がフォイルクラスとなりました。

 今回の風が弱い中でフォイルクラスの内、特にカイトは風速が9ノット以上ないと自走できない(浮かないと板が体重よりも浮力が無いため沈んでしまう)、海上待機ではカイトをずっと揚げ続けないといけない(一度海に落としてしまうともう一度あげることが大変)などがあり、改めてセーリング競技は風が吹かないと大変な競技だと思いました。

パリ五輪470メダリスト。右からスウェーデン(銅)、オーストリア(金)、日本(銀)

◎スタート直後のセパレートが意外だった470メダルレース

 日本は20年ぶりの470級銀メダルの話題で盛り上がりましたね。初日トップの成績から3位で迎えたメダルレース。トップのオーストリア、2位スペイン、3位日本、4位スウェーデンがどのように走るのかに注目が集まりました。

 私のレース前の予想は、スペインが日本をルーズに抑えてきて、オーストリアがその動きをみて3艇を抑えに来る。その中で日本がスウェーデンと銅メダル争い、うまくいけば金、銀メダルが見えてくると思っていました。

 レースが始まってみると、スペインがオーストリアに攻撃を仕掛けて2艇はコミッティーボート側から少し遅れてスタート。即タックをして右側のコースを展開。

 日本はピンエンドスタートをきれいに決め、左海面のコースを選びました。この時点で、大きくセパレートする事になります。

 これが私には意外で、1つにスペインの攻め方が金メダルを取りに行っている事は理解できますが、日本と大きくセパレートして更にスウェーデンともセパレートし、金メダルかノーメダルかの賭けに出ているように見えました。

 1上マークを回った時点では、日本が金メダルを取れるポジションでしたが、オーストリアはスペインと争いながらも徐々に追い上げ7位フィニッシュで金メダルを確定しました。

 その走りは、画面越しでも速かったです。オリンピック以前、このオリンピックサイクルでは過去に表彰台に乗っていなかった彼らですが、なぜここまで速かったのでしょうか。

 定かではないですが、彼らは2年ほど前にたまたま使った船、マスト、センターボードがとにかく良いフィーリングが合っていてそれらをオリンピック本番まで温存していたようです。それをオリンピックで使ったからと言っていたようです。

 個人的には女子ヘルムが金メダルを取ったと言うことが、近年の男女混合種目で初なので、女子ヘルムは勝てない説を覆してくれたのが良かったなぁと思った事と、ララ(スキッパーのLara Vadlau)は、ロンドンオリンピックキャンペーンの時に420から470にステップアップしてきたオーストリアの若手として一目置いていたので、この活躍はうれしいです。

 あと、アテネ五輪の関・轟組は銅メダル争いでスウェーデンと最後まで争い獲得したので、またパリでもその争いかと思っていたのですが、スペインのアグレッシブな行動によって、スウェーデンも無事にメダルが獲得できてよかったです。

iQFOiL女子最終レースのフィニッシュ後、呆然となるEmma Wilson(GBR)。Photo by World Sailing / Sander van der Borch

◎運の要素でメダルが決まってしまったiQFOiL女子

 iQFOiLはレースフォーマットを導入当初から色々と試行錯誤して、上、下マークを回るコースレース、リーチングスタートから始まるスラローム、1時間走り続けるマラソンコース(得点はダブルポイント)、決勝シリーズは、リーチングスタート後、上、下コース後にフィニッシュするというメダルレースを実施しました。

 マラソンコースはユニークなアイディアで、レース海面を端から端まで走るコース設定でレースをスタートしたものの、スタート時には吹いていた風が徐々に弱くなりました。

 また、コース設定のマークの一つに島と島の間を通過して回らなければならない場所があり、島影になる影響でその周辺でピッタリと止まってしまったのと、風が徐々に弱くなった事が重なり、1時間半も走ったのにノーレースとなってしまったiQFOiL女子でした。

パリ五輪で新採用されたiQFOiLマラソンコース。しかし、島影に入ると当然風がなくなり、iQFOiLはフォイリングできず時間が経過。結局ノーレースになりました

 その後に行われるはずだったiQFOiL男子のマラソンコースも中止となりました。

 メダルシリーズ(決勝レース)については賛否がありました。iQFOiL女子ではエマ・ウィルソン(Emma Wilson。イギリス)が予選シリーズでダントツの成績でトップ通過。

 彼女はトップ通過したので最後のメダルレースに進むことになりました。スタート後リードして下マークを回航、上マークに向かっている最中に、2位のイスラエルの選手と意識し合っている間に、3位のイタリア選手が早めにタックを返して上マークに入れてしまったため、最後にタックしたイギリスが3位となり、そのままの順位でフィニッシュ。

 運の要素が強かったというレースの内容から決勝レースのフォーマットについて議論が話題となりました。(なぜなら、今年2月に行われた世界選手権でも彼女は予選シリーズでダントツのスコアで決勝メダルシリーズに進みながら2位に終わったからです)

 元々決勝レースのフォーマットについて選手側から度々問題提起がありました。現行のメダルレースだと、予選シリーズで圧倒的な走りをする選手が現れるとメダルレースの前に金メダル獲得が決まってしまうことになるからです。

 それだと生中継で観る観客が面白くない、という事からiQFOiLとカイトではメダルレースで決まるように仕向けたレースフォーマットを採用しました。

 私自身の意見としては、予選シリーズを15レースもやって運の要素をできるだけ排除するようにしているのに、それをナシにして(とは言っても予選トップで通過すると決勝レースに進めるため、メダルは確定してはいるのですが)一発勝負のレースというのはセーリング競技に向かないのではと思っています。

 一方、カイトは予選をトップで通過すると最初から勝ち星が付いていて有利になるようレースフォーマットにしています。

 それを採用するか、もしくは最後も一発勝負なら、予選からそんなに何回もレースをせずとも3〜4回レースをして繰り上がり方式のレースフォーマットにした方が諦めも付くような気がします。

 ただ、そんなセーリングレースを観たいのか? というと私はそうではありません。やはり、速い、上手い、強い選手が勝つ、レースが観たいですし、選手もそこを目指し、その先のメダルだと思います。

 なぜここまでレースフォーマットについて書いているかと言うと、このiQFOiLやカイトのレースフォーマットを次のロサンゼルス五輪から(49er、49erFX、ナクラ17では現行のレースフォーマットを変更し)取り入れようとしているからです。

 そうなると、今までよりも短いレース時間になり、レース数は変わらないかもしれませんが、レースの戦略、戦術が今までとはガラッと変わったものになる可能性があります。そして、それがユース種目にもいずれ採用される事になるでしょう。iQFOiLだけの話、ではなくなるのです。(※次回へ続く)

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