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世界一周ヴァンデ・グローブ完走。白石康次郎インタビュー(1)

 単独無寄港無補給で世界一周する「ヴァンデ・グローブ」は世界で最も過酷と言われる外洋ヨットレースです。このレースを94日21時間32分56秒で完走した白石康次郎さん〈DMG Mori Global One〉のニュースは、みなさんの記憶に新しいことと思います。現在、日本に戻ってきている白石さんをバルクヘッドマガジン編集長がインタビューしました。一般誌とは違ってセーリング部分に焦点を当てたマニアックな内容もありますが、セーラーならとても興味深いものです。インタビュー記事は数回に分けてご紹介します。(BHM編集部)

3月某日、世界一周ヴァンデ・グローブから戻った白石康次郎さんを訪ねました。世界一周は4度目、ヴァンデ・グローブ完走は日本だけでなくアジア圏で初めての快挙です

BHM編集長;世界一周おつかれさまでした。ヴァンデ・グローブ完走という偉業を達成されて、白石さんが手の届かない存在になってしまったような気がします。
白石康次郎:何言ってんの(笑)。バルクヘッドマガジンのヨット馬鹿(バルクヘッドマガジン・セーラーオブザイヤー=ヨット馬鹿オブザイヤー。白石さんは2016年度に大賞を獲得)に選ばれようと思って命を張ってやってるんだよ(笑)。
編集長:ヨット馬鹿ですよね、強烈に。
白石:ヨット馬鹿の2度目を目指そうと思って(笑)。
編集長:ヴァンデ・グローブの記事はバルクヘッドでとても反響があって、メインセールを破損した日は2万人以上が見てくれました。ケビン・エスコフィエの遭難、ジャン・ル・カムの救助劇も衝撃的で、読者は白石さんを追いながらヴァンデ・グローブそのものにも興味を持ってくれたように思います。
白石:日本は今まで、あのすごいヴァンデ・グローブの世界を知らなかったんだよね。今回「報道ステーション」が僕だけじゃなくて他の選手も紹介してくれた。片腕の選手がいるとか、女性選手がいるとか。だから、ヴァンデ・グローブというチキチキマシン猛レース全体の魅力が、今回初めて伝わったと思う。
編集長:フィニッシュ直前のトップグループの攻防もすごかった。まさかフィニッシュ直前にボリス・ヘルマンが漁船と衝突するとは思いませんでした。何が起きるか分からないおもしろさがあります。
白石:世界一周って、これ以上わかりやすいものはない。しかも今は携帯で見られる時代。ちょっと前までそんなことできなかったじゃない? SNSとより連動していたこともあるよね。で、きょうは何を話そう?
編集長:ひとつは個人的に掘り下げて聞きたいこと。それと読者からの質問がたくさん集まったので、全部は無理なんですがいくつか答えていただきたいと思います。

レ・サーブル・ドロンヌをスタートしてから8日目、真っ二つに破れてしまったメインセール

◎嵐の中でワイルドジャイブ。オートパイロットが原因ではなかった

編集長:まずは序盤のトラブルです。スタートして一週間でメインセールが破れました。35ノットの風で3度のワイルドジャイブがあったとニュースで読みました。どんな状況だったんでしょうか?
白石:そうだね、最初から説明しましょう。今回のレースは最初から風が難しい予報が出ていた。いきなり向かい風で艇団は2手に分かれた。僕のいるグループは北へ向かったんだけど、それは失敗だったね。それから3、4日後に50ノットの低気圧が来ることが分かっていた。
編集長:普通は低気圧を避けて被害の少ないルートを選びますね。
白石:でも遅れを取り戻したいという気持ちがあって〈MACIF〉と僕だけ低気圧に突っ込んじゃった。
編集長:それは賭けに出たということですか?
白石:賭けに出たっていうことでもない。そんなに嵐が怖い方じゃないから行けると思った。低気圧の中心までってそんなに荒れてない。中心を過ぎたところから荒れるんだよね。
編集長:それはチームの判断でもあったんですか?
白石:いや、自分の判断。コースは全部自分で決めてる。この嵐でセールを破いてしまった。原因は、はっきりいうと整備不足です。当初はオートパイロット(自動操舵装置)の故障だと思っていたけれど違っていた。突然「バカーン、バカーン」とワイルドジャイブして、ものすごい強烈だった。3度どころじゃない。あれだけセールを切ったの生まれて初めて。バテンは5本中4本折れた。
編集長:オートパイロットの故障ではなく原因は?
白石:ウインドセンサーの故障でした。オートパイロットはウインドモード(風向に合わせて舵を調整してくれる)を使っていて、マストトップにあるウインドセンサーの信号(風向の情報)でオートパイロットが動作する。でも、この信号が途切れていた。
編集長:オートパイロットが誤作動してコントロールが効かなくなりますね。
白石:実は練習中も何度かあったんです。でも僕たちのチームはオートパイロットが原因だと思っていてさんざん調べたけれど解決しない。ウインドセンサーが完全に壊れていたなら分かったんだけれど、信号喪失するのはほんの5分程度で、その後は元通り接続されていつもどおりになる。だから何がおかしいのか分からなかった。それとオートパイロットが迷走した時、自分でうまくコントロールできなかった。これも原因です。
編集長:ワイルドジャイブは夜中に起きたんですか?
白石:昼間1時間ぐらいの出来事。そこでメインセールが真っ二つになった。最初にバカーンとなって「あ、バテン折れたな」となって、次にセールが「バーッ」と切れた。
編集長:コンディションは最悪ですよね。その後、どうしたんですか?
白石:最悪です。何もできない。低気圧を抜けるまで2、3日かかる。バテンがはみ出てセールは降りてこない。ボロボロのセールのまま(追い風で)流しながら走るしかない。
編集長:想像するとゾッとします。このニュースを聞いた時、「白石さん、リタイアあるな」と思いました。
白石:レース委員会も他の選手も、全員リタイアだと思っていたみたい。僕も含めて(笑)。ヨット知ってる人だったら無理だよね。あそこまでいっちゃうと。「もう終わったな」と思った。

不安定な船でメインセールの修復作業がおこなわれました。写真はバテン(裏)の取り付け

◎破損したセールの修復は準備が大事。時間を掛けて確実に

白石:スタート地点に戻ることも考えたけれど(スタート後10日以内に再スタートすれば良い)、あの場所からだと戻ったら時間がない。だから沖で直すしかなかった。
編集長:そう、そこが聞きたいんです。日本のヨット仲間では修理方法が話題になっていました。
白石:そうだよね、フランス人が一番驚いてた(笑)。あのまま世界一周して無傷だったからね。大変だったけれどセールはなんとかマストに登らないで降ろせた。さて、真っ二つになったセールをどうするか。これを接着剤で張り合わせるんだけれど、積んでいた接着剤は4本しかない。足りない。それで(切れた)セールを40センチオーバーラップさせ貼り付けることにした。それからバテンをつけてバテン用のブロックを取り付けよう、と。
編集長:バテンはカーボンを加工したものですか?
白石:今回は完走目的だから予備を積んでいたんです。用意していた4本全部使った。使うと思ってなかったけど。使えるものはフルで使った。接着剤はシーカフレックスしかない。これは完璧につけるのはコツがある。ステッカー貼りもそうなんだけど、接着剤は厚く塗ったって強度はあがらない。液体を表面に塗るんだけれど、いかにここをキレイに荒らしてホコリを取って、平らにして、温度、湿度管理ができるかがポイントになる。まず最初に何をやるかというと、作業するために平らな所が必要になるんだよね。
編集長:デッキ上は段差があったり装備品があったり平らな場所はありませんね。
白石:まず床板を外してテーブルのような作業台を作った。ここで作業しようと。それで、セールについているパーツを全部はずして、セールを広げてサンダーで両面をこする。(貼り付ける)40センチ部分をきれいに切る。ポイントは、ちゃんとマーキングすること。1回曲がってついたらもう修正が効かないから。次にシーカフレックスを塗るための道具を作る。ヘラに1センチ間隔で穴をあけて作る。ちゃんと作っておかないと、接着剤がのらないから。特製で作ったヘラで伸ばしながら塗っていきます。キレイに伸ばしながら貼っていくのはすごいテクニックがいる。
編集長:切れたセールを張り合わせるとリーチの長さが合いませんよね?
白石:合わないよ。出っ張ってしまう部分がある。まわり1センチだけ接着部分を多く塗って固めていく。これはチームにも褒められたね。どうがんばっても2本使うところを1.5本で終わらせた。地道な作業だけれどさぼっちゃだめ。段取りをきっちりやる。手袋も最初から3重にしておいて、汚れたら外していく。(接着材が)固まるまで8時間ぐらい待つわけです。
編集長:朝作業を初めて1日待つ感じですか。
白石:その間にバテン部分のパーツを作る。バテンポケットは全部切っちゃったから、セールに直接穴をあけてボルトで止める。セールが小さくなっているから長さが合わないからバテンを加工する。その前に古いバテンがセールのなかで折れて粉々になっているから全部抜いて、、、。こんなことをやっていたからセールあげるまで6日かかったんだよね。
編集長:そのセールが、その後80日近く壊れなかったのはすごい。低気圧を抜けて天気が良くなったとはいえ、船は揺れているじゃないですか。かなり不安定な中で作業したんでしょうか。
白石:(嵐の後)凪に入ったからね。それはラッキーだった。作業する時はコースから外れていちばん安定するところで走っていた。世界を4周走った経験から、大切なのはトラブルが起きた時はまず船を安定させなきゃいけないということ。修理するとき不安定な状態で修理する人がいる。僕なんか、バックしてでも一回セールを降ろす。シングルハンドで走るのはフルクルーで走る時とは全然違います。
インタビュー第2回へ続きます

◎ヴァンデ・グローブ
4年に一度開催される単独無寄港無補給世界一周ヨットレース。世界一周2万6千マイル(約4万8152km)を約80日掛けて走る外洋ヨットレースで、第9回大会は33艇が出場し、2020年11月8日にレ・サーブル・ドロンヌ(仏)をスタート。第9回大会1位のヤニック・ベスタベンの記録は80日3時間44分46秒(大会記録は74日3時間35分46秒)。

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