ネーションズカップ・グランドファイナル参戦記「日本マッチレースが成長するために」
4月9〜14日まで、アメリカ・サンフランシスコのセント・フランシスヨットクラブで「ネーションズカップ・グランドファイナル」(大陸代表対抗戦マッチレース)が開催され、市川航平〈月光〉チームが日本代表兼アジア大陸枠代表として参戦した。(レポート・写真提供/市川航平)
サンフランシスコ湾で開催されたネーションズカップ・グランドファイナル。奥に見えるのは、速い潮流に囲まれ脱出不可能とされたアルカトラズ刑務所
日本チームメンバー。写真右から、市川航平(ヘルム)、中山遼平(トリマー)、小島広久(ピット)、森 俊介(バウ)。キールボート、J/24やマッチレースなどで活動する月光チームで構成されたメンバー。在サンフランシスコ日本国領事館の首席領事・井龍一浩氏(写真左)も開会式に駆けつけて下さりました
大会会場のセント・フランシスヨットクラブ。アメリカ西海岸を代表する名門ヨットクラブ
この大会はもともと、ワールドセーリングで最高峰であるグレード”W”のイベントで、2年毎に行われていたものだが、ワールドマッチレーシングツアーの変革(モノハル→マルチハル)の煽りと、開催地の未定が長く続いたことで、今回は実に4年ぶりの開催であった。
急な開催決定から、本来行われるはずの各大陸予選は免除され、これまでのマッチレースイベントの実績(ワールドランキング)をもとに、参加チームが集められた。
私も4年前のネーションズカップ・リージョナル(アジア予選)の優勝と、その年のネーションズカップ・グランドファイナルへの参戦(7位 於ロシア・ウラジオストク)を評価していただいての招待であった。
レースフォーマットは、総当たりのシングルラウンドロビン(ステージ1)、ステージ1の6位以降による敗者復活および順位決定戦(ステージ2)、ステージ1の5チーム+ステージ2の勝者の計6チームによるダブルラウンドロビン(ステージ3)、1位vs4位・2位vs3位のセミファイナル(3本先取)、ファイナル(3本先取)の形式で行われた。
レース海面は、ゴールデンゲートブリッジ内側のサンフランシスコ湾口付近で、太平洋からの北西のシーブリーズが毎日吹き込むコンディション。レガッタを通して、潮流が非常に強い影響から、風よりも潮に対してのストラテジーが勝敗を大きく分けていた。
アップウインドでは常に向かい潮のため、岸側の潮流が弱いエリアをいかに上手く使うかが全てであり、全レースで通常のマッチレースのセオリーとは異なる左海面のプロテクトや、岸際スレスレでの障害物によるユー・タックなどのルール駆使が重要であった。
シーブリーズが吹き込んでくるまでの軽風域のレースは成立こそしなかったが、スタートシークエンスでは潮流に艇速が勝てず、スタートエントリー前からスピンを上げて走り続けてもスタートラインの風下側へとエントリーできない(クローズで追い潮)ケースや、逆にエントリー後にダイアルアップを挟まずに両艇クローズホールドを走り続けているにも関わらず、スタートラインから延々と流されて後退していく(クローズで向かい潮)など、今までのセーリング・マッチレースでは経験したことのないシチュエーションが多々あった。
レースが成立したのは、総じてクローズで向かい潮のケースで、アップウインドレグは15分、ダウンウインドレグは2分未満という、極端に強い潮が絶えず流れていた。
レース海面は、ゴールデンゲートブリッジの内側。非常に速い潮流が特徴の海面
ヨットクラブの眼前での開催。 使用艇はJ/22(4人、Max Weight 350kg)
われわれ日本チームは、初日と2日目目の総当たりラウンドロビンで予選突破できず、続くステージ2の6-9位ノックアウト方式の敗者復活戦でも常に1勝1敗には持ち込むも最後に勝ち切れず敗退。9位という成績でシリーズを終了した。
他チームと比べてみて、スタートではリードしたり、ペナルティーを取ることに成功したレースも多くあったが、クローズでのボートスピードにアドバンテージがなかったこと(強風域でのウェイトの軽さ)、チームとして国際マッチレースの共有数の少なさからくる、アクション精度の低さと心理的余裕のなさ、タクティカルな面をカバーするメイントリマー兼タクティシャンの不在などから、自分たちのリードを守れない、競り合いに負けるといったケースが多くあったのが大きな敗因だったと思う。
また、体重の軽さからダウンウインドでのアドバンテージを期待していたのだが(マッチレース・チームレースにおけるRRS17条のルール改定の特徴から)、上述した通りクローズで向かい潮となる流れが強烈で、ダウンウインドレグの短さ(クローズ15分、ランニング2分未満)、アクションや相手をブランケットにいれても先行艇が全く減速しないこと、などからダウンウインドで後続からの攻め手がない状況であった。シリーズ全体の他のマッチを通して見ても、ダウンウインドで抜いたマッチは、1〜2回あるかどうかといったものであった。
参加チームの全体のレベルは非常に高く、世界ランキング上位や経験豊富なチームが揃い、どこも実力はかなり拮抗していた。少しのミスも許されない、少しのリードを守りきる、そうした本当の安定した強さが勝敗を分けた。
『坂の街』サンフランシスコの街並み。ヨットハーバー横には公園や住宅地が隣接し、セーラーと一般人の境界が少ない、シームレスな海の街といった印象
コンスタントに北西のシーブリーズが入る10〜18ノットのコンディションが続いた
オープンクラス&女子クラスの両方で優勝を掴んだフランスチーム。共通のコーチも帯同していた
日本チーム・国内マッチレース環境における課題
国際マッチレースのイベントでは、大会によって用意されるボートは異なるが、20〜40フィートのボートを4〜6名でまわす必要があり、またウェイトリミットも1人87.5kg平均で設定されている。
一方、日本国内におけるイベントは、全て1人70kg平均でウェイトリミットが設定されてしまっている。
海外のチームでも、クルーに比べスキッパーが小柄なケースは多いものの、 ハイレベルな国際大会で結果を残す為には、マッチレースの激しい攻防の中でボートを自由にコントロールするだけの体格とパワーが求められる。
また、ただ体格があればいいだけではない。マッチレースは少ない人数で様々なアクションをこなすことから、複数のワークをこなしサポートし合えるセーラーとしてのマルチな力も重要である。
1つ1つのアクションの僅かな差の積み上げが勝敗に直結するマッチレースの性質から、チーム全員でのルールとケース理解力はもちろんのこと、勝敗を分ける即座のアクションにおける意識の共有など、チームとして戦ってきたキャンペーンの質と量、経験値が重要になってくる。
以前はモノハルのアメリカズカップ(AC)への登竜門とされていたワールドマッチレーシングツアー(WMRT)であるが、ACのマルチハル化やフォイリング化からWMRTもモノハルでのリーグは一時は消滅してしまった。
しかし、今またWS(セーリング先進国)の思惑からか、モノハル艇でのイベントは見直されてきている。
去年には、WMRTと並行するかたちで、モノハル艇でのマッチレース・スーパーリーグが新たに設立されるとともに、各国代表でのチームレースイベント、グローバル・チームレース・レガッタ(2vs2)も始まった(去年はアメリカを代表するNew York Yacht Clubが主催し、JSAFチームとして市川も参加。今年はイギリスを代表するRoyal Yacht Squadronが主催9月開催予定)。
今回のレガッタも開催地未定が長らく続いてからの4年ぶりの開催となったが、アメリカ西海岸を代表するこのクラブが名乗りを上げ、クラブの総力を挙げて運営していたことからも、アメリカのセーリング協会の本気度を感じ取れるし、今後のオリンピック種目のかたちとして、モノハルキールボートのイベントが見直されていくような流れを国際大会を通して私自身強く感じている。
日本においては、今年で8回目の開催となったU25&学生対抗マッチレースを通して、ディンギーからキールボートへと若手選手のセーリング継続や、セーラー間でのネットワーク形成、国際イベントへの代表選手や運営組織の中心と成り得る人材の排出など、少しずつ成果は上がっている。
しかしながら、ネーションズカップやスーパーリーグといった大会での日本チームの躍進の為には、より一層の国内マッチレースの活性化が必要不可欠である。
年齢に関係なく、WSランキングを通して世界と繋がり、戦えることがマッチレースの大きな魅力なのだが、日本国内では国際大会の招待を得られるだけのランキングポイントを稼ぐことができないのが国内マッチ事情の現状である(ニッチャレのキャンペーンやニッポンカップ以降、全日本マッチが国内唯一のグレード3イベント。今は長らく全日本マッチは行われておらず、U25マッチが唯一のグレード3イベントなので、ユースでも最低3〜4回の海外マッチ遠征を2年続けるのがキャンペーンの必要最低条件)。
また、1イベントで数十〜数百のレースを行うマッチレースやチームレースは、選手のスキルアップはもちろんのこと、運営の組織力、アンパイアの育成にも大きく影響する。 アメリカやヨーロッパ、オセアニアのセーリング先進国などでは、これらのレースが非常に盛んに行われていることから、セーリング後進国が取り組むべき改善点でもあるように感じる。
今回、男女の両方で優勝を掴んだフランスチーム、男子準優勝&女子4位のブラジルチーム、女子準優勝&男子4位のアメリカチームなどは、男女それぞれ両方のクラスに参加し、実力的にもお互いがセーリング&情報共有のパートナーとして機能していたのが印象的だった。
これは各国の協会が機能し、ユース世代から数年掛けて継続的に強化するだけのチームプロジェクトやシステムが構築されているという証であり、日本と最も大きな差を感じた。
まずは、国内におけるグレード3の全日本マッチの復活、グレード2以上の国際イベントの誘致と開催を目指して、選手と運営組織とが相互に発展していく必要が急務である。
そして、欧米におけるヨットクラブと同じように、国内の厳しい戦いを勝ち抜いた選手たちを、継続的にバックアップして送り出せる環境を整えることが、セーリング界のこれからに必要になってくると感じた。
今回、大会参加にあたり、様々なサポートや応援をいただき心から感謝しております。結果は満足のいくものではありませんでしたが、自分たちのこうした活動が自分たち以外の活動にも還元していくように、セーリング活動を通して返していけたらと思います。ありがとうございました。
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