【コラム】嵐の前兆か? いまアメリカズカップで起きていること
日本一のアメリカズカップフリーク、ワカコレーシングによる「アメリカズカップ最新情報」です。今年に入ってゴタゴタが続き、毎週のように驚きの最新情報が公開されています。頭の中が混乱しているので、ワカコレーシングにその辺をまとめてもらいました。次回、第38回アメリカズカップはどうなるんでしょうか? ピーターはこれから何するの? (BHM編集部)
※記事の内容は2025年5月31日時点のものです。

2024年10月に閉幕したアメリカズカップは、すぐにイネオス・ブリタニアの挑戦状が受理され、次回第38大会の開催も順調に進むものと思われていましたが、今年になってからさまざまな動きがありました。(レポート/梶本和歌子 ワカコ・レーシング)
◎ベン・エインズリーとイネオスの決別
1月24日、イネオス・ブリタニアが、スキッパーのベン・エインズリーとの決別を発表しました。ベン・エインズリーは女子チームで使っていた名称の「アテナ・レーシング」として引き続き活動することを表明しました。イネオスも当初は活動を継続していく意向でしたが、後に撤退を発表しました。
当初、挑戦が受け付けられたロイヤル・ヨット・スコードロン(RYS)が、イネオスとアテナのどちらと組むのか注目されましたが、アテナをパートナーとすることが発表されました。

◎ピーター・バーリングがエミレーツ・チームニュージーランドから離脱
4月11日、エミレーツ・チーム・ニュージーランドのスキッパー、ピーター・バーリングがチームを離れるという発表がありました。これは個人的にはショッキングな出来事でした。
その後、コアセーラーチームの発表があり、ネーサン・アウタリッジ、アンディー・マロニー、ブレア・チューク、サム・ミーチに加えて、現在オーストラリアSailGPのウィングトリマーであり、元日本SailGPチームメイトでもあるクリス・ドレイパーの加入も発表されました。
ここにはピートと同じく3度のアメリカズカップ優勝、前回のアメリカズカップではピートの後ろでトリマーをしていたジョシュ・ジュニアの名前がなく、彼もチームから離れたと見られています。
◎アリンギ・レッドブルの撤退
4月20日、アリンギ・レッドブルの撤退が発表されました。クルーの国籍条項の緩和などのプロトコル変更を求めていたが、認められなかったことが原因と言われています。

◎2027年ナポリ開催を発表
第37回アメリカズカップが終了してから、オークランドで開催する可能性を模索していたそうですが、資金面での折り合いが付かないことから開催を断念。
どこで第38回大会が開催されるのか、中東、アテネ、ナポリなどさまざまな憶測が飛び交っていましたが、5月15日に正式にイタリアのナポリで開催されることが発表されました。5月26日にはローマでメローニ首相も参加する発表会が行われ、28日にもナポリで発表会が行われました。
◎アテナ・レーシング、アメリカン・マジック、アリンギ・レッドブルは開催地決定に透明性がないとして遺憾を表明
このナポリで開催されるという正式発表後、アテナ・レーシング、アメリカン・マジックは開催地の決定に対する透明性がないとして反論しています。
さらに、アリンギ・レッドブルもアテナ・レーシングの意見を支持すると表明。これに対してチーム・ニュージーランドはプロトコルの最終ドラフトを公表し、反論しています。
チャレンジャー・オブ・レコード(CoR=アメリカズカップの挑戦者代表。今回は前大会でニュージーランドに敗れたロイヤル・ヨット・スコードロン)がプロトコルに同意していないため、そもそもチャレンジャー・シリーズが開催されるかも分からない段階で、開催権料をとっていることが問題視されているように思われます。
1億ユーロとも言われる巨額の開催権料を主財源とするビジネスモデルのため、早期に開催地からの振込が欲しいチーム・ニュージーランドと、いまだにタイトルスポンサーも決まらず資金難のアテナ・レーシングが開催権料の分配をめぐって駆け引きをしているようにも見えます。
ダグ・デヴォス(USA)やエルネスト・ベルタレッリ(SUI)といったビリオネアが後援者として控えるアメリカン・マジックとアリンギ・レッドブルは経済的に余裕がありそうなので、アテナをサポートすることでグラント・ダルトン(NZL)がディフェンダー有利に進めるのを阻止しようとしているのでしょう。

◎AC38のプロトコル(ドラフト版)から見る次回アメリカズカップ
上述の通り、発表されたプロトコルにCoRは同意しておらず、まだドラフト段階ですが、AC37から大きく変更点について、4点紹介しておきたいと思います。
1)グラインダー/サイクラーが禁止されてバッテリー化される
今まで水面下で動くものはバッテリー、水面上で動くものは手動駆動でしたが、全面的に手動駆動が禁止されバッテリー化されます。これにより体力的なハードルが下がり、クルー構成の多様化が進むと思われます。
2)6人中女性1名、ユース1名(25歳以下)の乗船が義務化される。
ウィメンズ、ユースアメリカズカップの成功から義務化を検討中のようです。先に挙げたバッテリー化とも関係しているでしょう。
3)国籍ルールが緩和されて、2名の外国籍セーラーが許されるが、AC37で他チームから出場したセーラーは禁止される。
これはピーター・バーリング潰しと言われるルールじゃないかと囁かれています。他チームに移籍されてすぐに乗られては困るという意図なのでしょう。また、これまで国籍で縛られていたので、他チームへの移籍のハードルが下がり、選手の移籍が活発になるのではないでしょうか。
4)7番目のクルー枠としてゲストレーサーが再導入
2013年以来の「オーナーシート」が久々に復活しそうです。25%は大会主催者、75%は出場チームが権利を持ち、観戦体験の向上、またはスポンサー・VIP招待の枠として機能する可能性があります。
◎アテナレーシングはチャレンジャーオブレコードとしての責任を果たせるのか
アテナレーシングは未だにタイトルスポンサーを獲得していないので、チャレンジャーとして受け付けられているロイヤル・ヨット・スコードロン(RYS)から本当に資金調達できるか不安視されています。
そもそも挑戦状に書いてあるアメリカズカップを開催する日付がいつなのかは公開されていませんが(それによって切迫度が異なります)時間的な猶予がどれくらいあるのか、資金が集められないのであれば、挑戦を取り下げざるを得ない状況になるでしょう。
商業的に価値が低いと思われるディード・オブ・ギフトマッチ(挑戦者決定シリーズを行わず、贈与証書の規定に沿って開催されるアメリカズカップ。近年では2010年大会に90フィートの巨大マルチハルでおこなわれ、BMWオラクルレーシング(USA)がアリンギ(SUI)を2-0で破った)になると資金的にはさらに厳しくなると予想され、アテナレーシングは、ディフェンダーと合意したいという思惑はあるでしょう。

◎ワカコレーシングは次回アメリカズカップをこう予想する
ワカコレーシングの予想では、アテナレーシングが資金調達が上手くいかず、チャレンジャー・オブ・レコードを放棄。いまだ沈黙を守るルナロッサチームが自国開催である次のチャレンジャー・オブ・レコードになるのではないか、と予想します。
仮にこの予想になったとしても、チャレンジャー側のチームが水面下で挑戦状を送っていて、それについての裁判をする可能性があります。いずれにせよ、一筋縄には行かないことは誰の目からも明らかです。
スムースに決まっていかないのがアメリカズカップ。ディード・オブ・ギフトマッチにだけはなって欲しくないのは、私だけではないはず。うまく話がまとまってくれる事を願いながら、今後の動向を見守りたいと思います。
- 【コラム】ワカコ・レーシング(連載記事) https://x.gd/hlcJv
- 38th America's cup https://www.americascup.com/